初任給だけ上げたら中堅社員が辞めた話|賃上げ時代の中小企業がハマる「逆転現象」

新井|FOKO代表

前職で採用担当として多くの採用現場の面接・選考の実務を経験。入社後の早期離職者との面談から「求人票と実際の職場のギャップ」に気づき、採用密着動画で中小企業の採用課題を解決するFOKOを立ち上げ。

【重要:事例の匿名化について】
本記事に登場する事例は、複数の実在ケースをもとに情報を改変・合成した架空のケーススタディです。特定の企業・人物を指すものではありません。

新卒採用のために初任給を上げたら、3年目の中堅が辞めた

「新卒が採れない」という悩みで、初任給の引き上げに踏み切った企業は多い。しかし、その直後に予想外の事態が起きる。既に在籍する中堅社員の離職だ。

架空A社の失敗事例:賃上げ圧力と給与逆転

従業員25~30名の地方の中堅製造業・A社は、数年前から「新卒採用ができていない」という危機感を抱いていました。求人を出しても応募がない。あったとしても、採用通知を出すと「他社に決めました」という辞退ばかり。

経営陣は原因を分析しました。類似企業と比べてやや低い水準であることに気づいたのです。これが応募者の心を逃していると判断し、近年、初任給の見直しを行うことにしました。

新卒採用は改善しました。応募数が増え、内定辞退も減りました。一見、成功したように見えました。

しかし、3ヶ月後に異変が起きました。

3年目~5年目の中堅社員が、相次いで離職するようになったのです。

最初に辞めたのは営業部門の3年目女性社員。面接の際に「給与が安すぎる」と明言されました。入社当時の初任給は月160,000円でしたが、3年経って月170,000円に上がっていただけ。一方、新しく入った新卒は月180,000円からのスタート。

続いて生産管理の4年目男性社員も退職。理由は同じ。「新人より給与が低いのは納得できない」

さらに悪いことに、A社の経営陣は「あらかじめ、既存社員に説明する」という重要なステップを忘れていました。突然の初任給引き上げが、社内に「新人優遇」という不信感を生み出してしまったのです。

「給与が逆転した」という事実の重さ

採用コストの観点から見ると、これは大きな失敗です。A社の場合、経営陣は「新卒採用ができれば良い」という一点の改善のために、より大きな組織課題を招いてしまいました。

具体的なコスト計算:

つまり、「新卒1人を採用したことで、中堅1人が離職し、そのコストは200万円以上」という皮肉な結果になったのです。

新卒を採用して育成するよりも、既存の中堅社員が辞める方が、採用・再採用・機会損失を合わせると、はるかにコストが大きいのです。これはA社だけの問題ではなく、中小企業全体で発生している現象です。

初任給を上げることで「何を失ったか」を見落とした

A社が失ったのは単なる「中堅社員」ではなく、組織の「信頼」です。一度失われた信頼は、給与調整だけでは取り戻せません。

中小企業に起きている「初任給と中堅給の逆転現象」

A社のような事例は、決して珍しくありません。むしろ、近年の「賃上げラッシュ」によって、この現象が多発しています。

なぜ「給与逆転」が起きるのか

中小企業における給与決定プロセスは、大手企業とは異なります。多くの場合、以下のような意思決定になります:

  1. 採用が上手くいかない→採用担当者が「給与の低さ」を原因と報告
  2. 経営陣で初任給を引き上げることを決定(決定プロセス:会議30分程度)
  3. 人事部(存在する場合)に「新卒の初任給を月180,000円に設定する」と指示
  4. 既存の給与テーブル全体を見直す→「複雑だから」「時間がないから」→計画なし、実施延期
  5. 新卒募集を開始して応募数が増える→一見、成功。「初任給引き上げ作戦は成功した」と思い込む
  6. 6ヶ月~1年後に「既存社員が辞め始める」という問題が顕在化→その時には「すでに遅い」

問題は、ステップ4にあります。初任給を上げる際に、既存社員の給与テーブル全体をセットで見直さなかったのです。

さらに問題を複雑にするのは、この決定が「経営陣だけで決まる」という点です。人事評価の専門知識がない経営者が「相場観」だけで判断し、その後の組織への影響を考慮しないまま実施してしまうのです。

中堅社員が感じる不公平感の構造

中堅社員の心理は以下の通りです:

「自分は3年かけて給与を170万円に上げた。一方、新入社員は初日から180万円。なぜ?自分は何が足りないのか?」

この不公平感は、時間が経つほど大きくなります。なぜなら、中堅社員は「今後、さらに給与が上がる保証がない」からです。新人と同じスピードで上がり続けると、永遠に追いつけません。

結果として、「この会社は新人を優遇する。ベテランは軽視されている」というシグナルが組織全体に広がり、離職につながるのです。

失敗パターン①:中堅の昇給と連動していない初任給調整

最も多い失敗パターンは、「初任給の引き上げと、既存社員の給与制度の見直しがバラバラ」という状況です。

給与テーブルの不整合が生まれる理由

多くの中小企業では、給与テーブル自体が曖昧です。

「3年目は月170万円程度」「5年目なら月190万円」といった、相場観だけで決めているケースがほとんど。なぜこのような状況が生まれるのか、以下のような背景があります:

こうした状況で初任給だけを上げると、テーブル全体がズレてしまうのです。さらに悪いことに、多くの中小企業の経営者は「給与テーブルがないこと自体に気づいていない」というケースさえあります。

架空B社の事例:不整合が生む現場の混乱

対人サービス業(飲食・小売系)の従業員15~25名のB社では、新卒の初任給を月170,000円に設定しました。一方、既に在籍する2年目社員は月165,000円。

経営陣は「2年目社員はそのうち昇給するから大丈夫」と考えていましたが、「そのうち」は永遠に来ませんでした。予算の制約で翌年の昇給を凍結したのです。

その後、2年目社員は転職しました。理由は単純:「新人より給与が低いのに、昇給の見通しがない」

適切な給与テーブル設計の方法

初任給を変更する場合、同時に以下を実施すべきです。多くの中小企業が「初任給の変更」だけで終わってしまいますが、本来は組織全体の給与制度を見直すチャンスです:

実施項目 内容 タイミング
市場相場調査 厚労省のデータなど公開統計から、同業同規模の給与水準を確認 初任給変更の3ヶ月前
既存社員ヒアリング 満足度・不満度を把握し、給与への期待値を理解 初任給変更の2ヶ月前
給与テーブル再設計 初任給から定年までの「昇給ルール」を明文化 初任給変更と同時
社内発表 既存社員に「新給与テーブル」を説明し、不安を解消 初任給変更の1ヶ月前
既存社員の昇給実施 新テーブルに基づき、既存社員も昇給・調整 初任給変更と同時、遅くても3ヶ月以内

ただし、中小企業の多くは「これらを同時に実施する余力がない」というのが現実です。そこで、最低限の対応は:

「初任給を上げた場合、既存社員にも同程度の昇給機会を与える」という方針を、事前に公表することです。

失敗パターン②:不満を聞けない組織風土

もう一つ重要な失敗パターンは、「経営者が、既存社員の不満に気づかない(または無視する)」という状況です。

なぜ中堅社員は不満を言わないのか

多くの場合、中堅社員は「給与が逆転した」ことについて、経営者に直接訴えません。その理由は:

結果として、経営陣は「給与について不満がない」と思い込み、問題に気づかないまま、社員は静かに転職活動を進めるのです。

架空C社の事例:危機的な組織風土

労働集約型サービス業(物流・警備系)の従業員10~20名のC社では、「給与は経営者が決めるもの。文句は言うな」という雰囲気が強くありました。

C社も初任給を上げたのですが、既存社員の給与調整は曖昧なままでした。ある3年目社員が「給与について相談したい」と経営者に申し出たところ、「新人を採用するための投資だから協力してほしい」と一蹴されました。

その後、その社員を含む中堅3名が一度に辞職。理由は「給与の不公平さ」だけでなく「経営者が不満を聞く気がない」という深い失望でした。

組織にとって最も危険なのは、単なる「給与の不満」ではなく、「経営者への信頼喪失」なのです。

組織風土の改善:「聞く」仕組みの構築

これを防ぐには、経営者が「給与や待遇について聞く」仕組みを作る必要があります:

特に「給与改定の事前説明会」は、多くの中小企業が実施していません。しかし、この一手間で「不満の爆発」を防ぐことができます。

📋 あなたの会社は大丈夫?給与逆転リスクチェック

  • 直近で初任給を引き上げた際、中堅社員への説明をしましたか?
  • 中堅社員の給与カーブを最後に見直したのはいつですか?
  • 『長く勤めた社員が損をする』状態になっていませんか?

1つでも引っかかれば、給与と定着のバランスに課題があるサインです。

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失敗パターン③:辞めた中堅の穴を埋める再採用コスト

「中堅社員が辞めた」という事態は、表面的には「給与逆転の問題」ですが、経営的には採用コストと機会損失の二重苦をもたらします。

直接コスト:再採用にかかる費用

中堅社員を失った企業は、新たに「同レベルの経験者」を採用する必要があります。これには、以下のコストがかかります:

合計すると、中堅社員1人の再採用には、80万円~150万円程度のコストがかかります。

間接コスト:業務の空白期間と生産性低下

さらに深刻なのは、「人が辞めた後の業務の空白」です:

つまり、中堅社員が辞める→新採用→育成完了までの間、継続的に300万円~500万円程度の損失が発生するのです。

心理的コスト:残りの社員への影響

もっと重要なのは、「中堅社員の離職が、他の社員に与える心理的影響」です:

1人目が辞めると→2人目、3人目が続く傾向が強い。なぜなら、「給与逆転という問題が解決していないから」です。

つまり、初任給を上げた企業が「適切な対応」を取らないと、中堅層全体が一気に流出する可能性があります。

初任給1人を採用するコスト vs 中堅1人が辞めるコスト

新卒採用には採用・育成コストがかかります。しかし中堅社員1人が辞める場合の再採用・機会損失コストはさらに大きいものになります。

初任給を上げることで「何を失ったか」を無視すると、采用効率は劇的に悪化します。

公的データで見る中堅社員の離職理由と賃上げの関係

「給与逆転による中堅社員の離職」は、決して感覚的な話ではなく、公開データに基づいた現象です。

厚生労働省のデータ:賃金格差と離職の関係

厚労省の『令和5年雇用動向調査』によると、転職者の離職理由として「給与」は常に上位です。特に注目すべきは以下の点です:

出典:厚生労働省『令和5年雇用動向調査』(https://www.mhlw.go.jp/)

JILPT(労働政策研究・研修機構)の分析:「相対的剥奪感」の威力

JILPTの研究では、「絶対的な給与水準」より「相対的な給与格差」が、離職意思に大きく影響することが示されています。

例えば、

つまり、「自分だけが損をしている」という感覚が、離職に直結するということです。

出典:JILPT『職場における公正感と人間関係』(https://www.jilpt.go.jp/)

中小企業の現状:給与テーブルの不透明さが加速

日本中小企業団体中央会の調査では、従業員30名以下の中小企業の約60%が「体系的な給与テーブルを持たない」と回答しています。

つまり、初任給を引き上げる際に「既存社員への影響を計算する」という基本的なステップが、多くの中小企業で欠けているのです。

初任給だけに頼らない採用力強化の打ち手

ここまで「失敗パターン」を見てきました。では、中小企業は何をすべきか。答えは、「給与競争以外の魅力を磨く」ことです。

打ち手1:給与テーブルの透明化と事前説明

初任給を変更する際の最重要タスク:

  1. 新しい給与テーブルを、既存社員の給与より先に設計する
  2. 既存社員に「なぜ初任給を上げるのか」「あなたの給与はどうなるのか」を説明する会を開く
  3. 説明の中で「昇給ルール」を明確に示す(「毎年2%の昇給」「3年で20%のアップ」など)
  4. 既存社員の昇給実施と初任給引き上げを、同時または3ヶ月以内に実施する

これだけで、「不公平感」の大部分は解消できます。

打ち手2:企業ブランディング・採用密着動画の活用

給与競争に陥らず、新卒人材を引き付ける方法は「企業の魅力を見せる」ことです。

採用ブランディング、特に採用密着動画を活用することで:

つまり、「給与を上げる」のではなく「魅力を見せる」という戦略転換です。これにより、中小企業は大手企業との給与競争に陥らず、「本当に自社に合った人材」を採用することができます。

打ち手3:既存社員の「定着」に投資

最後に見落とされがちですが、最も大切なのは「既存社員を失わない」ことです。

新卒採用よりも、既存の中堅層の定着率向上に投資する方が、ROIは高くなります:

これらに取り組むと、「既存社員の満足度が上がり、離職が減り、新入社員にとって『働きたい職場』という評判が広がる」という好循環が生まれます。

給与競争から「魅力競争」へ

給与だけで採用力を競うと、より資本力のある大手企業に必ず負けます。中小企業が勝つには、「給与以外の場所」で磨く必要があります。それが、組織文化、経営者の人柄、成長機会であり、採用密着動画で伝えられる「リアル」です。

あなたの会社は大丈夫?セルフチェック5項目

初任給・給与逆転リスク診断
  • 過去2年以内に、初任給を引き上げたが、既存社員の給与改定を実施していない
  • 給与テーブル(昇給ルール)が明文化されておらず、経営者の「相場観」で決めている
  • 給与や待遇について、経営者が既存社員と個別面談をしたことがない(年1回未満)
  • 新卒と中堅社員の給与差が月10,000円以上だが、「その差の理由」を社員に説明していない
  • 直近1年で、3年目以上の社員が2名以上離職した(または離職しそうな兆候がある)

3個以上チェックが入った場合、給与逆転による離職リスクが高い状態です。今すぐ、上記の「打ち手」に取り組むことを強く推奨します。

よくある質問(FAQ)

Q1: 初任給を上げることは悪いことですか?

いいえ。初任給を上げること自体は悪くありません。むしろ、新卒採用力の強化につながります。問題は『初任給だけを上げる』ことです。既に在籍する中堅社員の給与テーブルとのバランスを無視して初任給を上げると、相対的に中堅社員の地位が下がり、不満が爆発するのです。

Q2: 給与を上げずに新卒を採用することはできますか?

市場環境によります。ただし、給与以外の魅力を磨くことで、給与競争を回避することは可能です。企業ブランド、職場環境の透明性、キャリア育成の明確さ、これら『給与以外の価値』を採用密着動画で発信することで、給与以上に優秀な新卒を引き付けられます。

Q3: 中堅社員の昇給はいつ実施すべきですか?

理想は『初任給を上げると同時に』です。遅くても『初任給変更から3ヶ月以内』に、既存社員の昇給・人事評価制度の見直しを公表すべきです。そうしなければ『新人より給与が低い』という不公平感が広がり、辞職トリガーになります。

Q4: 給与逆転が起きた場合、後からリカバリーできますか?

非常に難しいです。一度『この会社は新人を優遇する』というシグナルが組織に広がると、中堅社員の信頼は失われます。事後対応では遅く、『あらかじめ給与体系を設計する段階から、中堅社員の立場を守る』が鉄則です。

Q5: 採用密着動画で給与問題は本当に解決できますか?

給与問題そのものは解決しませんが『給与以外で優秀人材を惹きつける』ことは可能です。職場の文化、経営者の人柄、育成体制など『動画で見える価値』が増えると、給与以外の理由で入社する優秀人材が増えます。結果として『給与競争に巻き込まれない採用』ができます。

Q6: 中小企業の給与テーブルはどう設計すべきですか?

給与テーブル設計には、①市場相場の調査、②既存社員の満足度ヒアリング、③昇給ルール(年1回、昇給率など)の明確化、④初任給と中堅給の逆転を防ぐ『下限ルール』が必須です。厚労省・JILPT等の公開データを基に、年1回の見直しを推奨します。

まとめ

初任給を上げることは、採用戦略として間違ってはいません。しかし、「既存社員への配慮」を欠いては、組織全体の信頼が崩壊します。

中小企業が「給与競争」に巻き込まれず、持続的に優秀人材を採用し続けるには:

  1. 給与テーブルを透明化し、既存社員に事前説明する
  2. 初任給引き上げと既存社員の昇給を、セットで実施する
  3. 給与以外の魅力(ブランド、職場文化、成長機会)を磨く
  4. 採用密着動画で、企業の「リアル」を見せる

これらに取り組むことで、「給与競争から脱却し、真の意味での採用力を強化する」ことができます。

給与を上げれば採用できる時代は終わりました。これからは「魅力を見せる時代」です。

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